被害妄想

20歳の底辺大学生が一生懸命生きているブログ

居酒屋でバイトをしていた話

昔、私が大学1年生の頃。駅前の居酒屋でアルバイトをしていた。

個人経営の店で口調は厳しいが愛のある女将さんと無口な大将、それから私を含めた3人のアルバイトが日替わりで来て店を回していた。まぁつまりは女将さんと大将それからアルバイトの全3人で店を回すのだが、大将と女将さんは厨房の担当なので実質アルバイト1人でホールは回すことになる。

 

 まぁこのホールというのが大変で、狭い店なのだがいや狭い店だからこそ客が店員を待つという事をしない。私が他の人の注文を取っている時に個室から顔を出して大将に直接注文をする。 

「大将!ココロとササミとネギつくね、それからコークハイとレモンサワー、ジンジャーエール!あとこれ(さっき頼んだ黒霧島の水割り)お代わり!2つね!」

大将はそれを穏やかな顔で聞き、「分かりました」と返事をする。そして後で別の客の注文した料理を取りに行った私にこう言う。

「おい、さっきのメモとったか?」

「いいえ、6番(テーブル番号)の注文取ってたもんですから」

「とっとけよ!使えねぇやつだなぁ!」 

テメェがとっとけこの木偶の坊!と言いたくなるのをぐっとこらえ「スミマセン」と謝罪する。そしてさっきの客の所へ行き、私が謝罪する。 

「スミマセン、さっきの注文メモとるの忘れちゃって。もう一回聞いてもいいですか?」

「お嬢ちゃん忘れちゃったの?しょうがないなぁ。でもこれ会社だったら大事だよ?」

会社だったら取引先の言葉を待たずに勝手に注文した時点で大事だろう。

そのままペコペコ頭を下げてメモをとり、それを厨房の冷蔵庫に貼る。

するとそのメモを見た女将さんが一言。

 「さっきの団体でササミ切れちゃったんだよ!だから今日はもうササミは出せない、断っといて!」

これだけ見たら何てバイト先だ!と思うかもしれない(私も毎日思っていた)。

しかし本当は優しい大将と女将さんだった。

とんでもない失敗をする私のことを叱咤はすれどクビにはせず根気よく教えてくれた。

自分で言うのもなんだがその時はまだ18歳で社会にも出たことのない小娘。仕事どころか世間の常識さえもロクに分かっていなかった。

 

 例えばある日の開店前、女将さんから桃の缶詰を渡された。

「これやっといて」

缶詰を開ければいいということは分かる。私にも分かる。しかし私はどうやって缶詰を開けるのかが分からない。どうやって開けるのか。5分ほど悩んだ末に私は引き出しからスプーンを取り出した。

5分後、呆れた顔をした女将さんに私は缶切りの使い方を教えてもらっていた。

「缶切りってのは缶詰を切って開けるから缶切りなんだよ。他のモンで代用できたら缶切りの仕事が無くなっちゃうだろう。ウチは仕事が無い奴を置いておくほど余裕はないよ」

後半は多分私のことを言っているんだと思う。

取り敢えずはまぁ缶切りの使い方が分かって良かった。次からはこの仕事を頼まれても完璧にこなすことが出来る。店の掃除をしながら次こそはと意気込んでいると台所から大将の悲鳴が聞こえた。どうしたんですかと駆け込むと難しい顔をした大将、の右手にさっき私が缶切りに使ったスプーン。

「おいこれ見てみろスプーンがグニャグニャ曲がっちゃってんじゃねぇか」 

その時、私の頭の中に天使と悪魔が降臨した。正直に言うべきか、誤魔化すべきか。 

「大将、これはアレです。ここの室温で形が変わっちゃったんですよ。形状記憶合金ってやつです。」 

形状記憶合金?と首を捻る大将に私は懇切丁寧に形状記憶合金の説明をしてあげた。

すると大将はグニャグニャのスプーンをコンロの上にかざし炙り始めた。

 「戻らねぇじゃねぇか」

 「こりゃダメですね。スプーンの奴、この暑さでバカになりやがったみたいだ」

 結局は全てバレた。滅茶苦茶に怒られたがクビにはされなかった。後で聞いた話だが、前にも同じようなことをしたアルバイトが居たらしい。こんなバカなことをするのは私だけじゃなかったという安堵感と私がやったと知っていたくせに形状記憶合金の芝居に乗っかってきた大将への怒りが沸いた。

 

それから、私はよく皿を割った。1枚2枚なんてもんじゃない。常連さんなんかは私が皿を割るのを聞くたびに

「最近この音を聞かねぇと店に来た気がしねぇんだよなぁ」

と言っていた。失礼な話だ。

まぁそのくらい皿を割ってしまう私が悪いのだけれど。もしかしたら店にある皿の半分くらいは割ってしまったのかもしれない。

もしもあの居酒屋が番長皿屋敷だったらどうなっていたのだろう。お菊の幽霊が出て

「いちまーい、にまーい...」

と数えて最終的には

「135枚足りなーい…」

何か可哀想になってくる。番長皿屋敷に例えるといかに皿を割ることがいけないことなのか分かる。大将と女将さんそれからお菊にも悪いことをした。

当時もそりゃ反省はしたし、明日こそ絶対割らないと心に誓ったりもした。でも割ってしまうものは仕方ない。

居酒屋には賄いがあったのだがそれ食べる度に

「バカヤロウお前、居候でも三杯目はそっと出すってぇのに店の皿を5枚も割っておいてそんなに堂々とお代わりするやつがあるか!」

 なんて呆れられたものである。

 

まぁでもこんなものはまだ笑える失敗だ(自分で言うのも難だが)。

事件はよりにも寄って私が居酒屋を辞める1週間前に起こる。何が起こったのか詳細を語るのは今でも抵抗があるので端的に話す。

一升瓶を割った。しかも新品のやつ。

もちろん割ろうと思って割ったのではない。その日は居酒屋でも類を見ない忙しさで私も狭い店内を走り回っていた。その時に女将さんから「これそこらへんに置いといて」と新品の一升瓶を渡され、倉庫の前に少々乱暴に置いたのだ。落としたんじゃない。置いたのだ。そしたら割れた。何てヤワな奴だ。ビックリした。音を聞きつけてやって来た大将と女将さんはもっとビックリした顔をしていた。ここが番長皿屋敷ならお菊もビックリしていただろう。

「いちまーい…にまーい…一升瓶が足りなーい…」

取り敢えず土下座した。当たり前だ。当時は未成年なのでピンとはこなかったが酒は高い。一升瓶なんてそりゃもうボロクソに高いのだろう。それに一升瓶をそのまま客にドンと出すわけじゃない。一杯何百円で客に売るのだ。これ一本でどれだけの利益があったんだろう?

「焼酎が一杯…二杯…全然足りなーい…」

大将は怒らなかった。女将さんも怒らなかった。ただ低い声で「ホールに戻りな」と言って大将は調理場に女将さんは箒と塵取りで一升瓶の残骸を片付けていた。

その夜もう一度土下座をして私は家に帰った。

賄いを食べなかったのは働いてから初めてのことだった。

 

それから1週間が過ぎ、とうとう私が居酒屋を辞める日になった。

 女将さんは「元気でね」と特製の卵焼きを賄いにくれたが、大将は何も言わなかった。

卵焼きを食べながら、もうここで働くことはないんだなと思っていると不覚にも泣きそうになったので水を飲んだら変な所に入って噎せた。結果泣いた。苦しくて涙が出ただけだけど。

そして本当に最後、「お世話なりました」と頭を下げて店から出ようとしたら大将に引き止められた。別れの言葉でもくれるのかなと振り返ると大将は言った。

「来月にさ悪いけど、今月の給料ここまで取りにきてくれねぇかな」

こうして私の居酒屋バイト生活は幕を閉じた。

 

黒霧島1800ml、1724円。もしかしたら給料から引かれてるかもしれないと思ったが引かれていなかった。つくづくいい居酒屋だったと思う。ありがとう大将、女将さんそしてお菊。

 

私はこの居酒屋を辞めた直後はもう二度と居酒屋バイトなんかしないと心に決めていたが、そのわずか1年後、再び居酒屋でアルバイトをすることになる。しかもコンビニとの掛け持ちで。その話はまた今度。